文鳥社の日記

京都の出版レーベル・文鳥社の日記です。

2018年2月5日(月)

朝、マガザンの岩崎くんが家の前まで迎えに来てくれた。
グレーのアウディに、荷物を運び込む。こたつ、本が詰まった段ボール、電気傘。それからノートパソコンが入ったリュックサック。それらを車の後ろに詰め込んで、助手席のドアを開ける。
そのとき一瞬、目の前の保育園の門に目をやった。そこにはわたしの1歳の次男が通っている。
母親であるわたしは、これから小説を書きに宿へ向かう。そこで3ヶ月間、平日は小説を書き続ける。
保育士さんが子供たちを遊ばせているのが見えた。おそらくその中に次男もいるのだろうな、と思いながら、わたしは助手席に乗ってドアを閉めた。車の中ではラジオが流れていた。

宿に着くと、一階で柳下さんが本を読んでいた。「おはよう」と言うと「おはよう」と笑顔できちんと返してくる。彼の挨拶はいつも旅先の朝みたいな響きがする。表紙を見ると桂歌丸の本だった。「枕から書かれてるんだ」と柳下さんは言った。

階段の上から中屋さんが、そのあと柿次郎さんが歯磨きをしながら降りてきた。前の晩からここに泊まっていたらしい。柿次郎さんが編集者で、中屋さんはデザイナーだ。ふたりとは二日前に飲み屋で会ったところで、偶然、今日もまた会うことができた。

1度目に会ったときにも思ったけれど、柿次郎さんからはどこか「怒り」の温度がする。ものをつくる人で惹かれる人に多い温度だ。それは苛立っているとかムカついているとかそういうのでは全然なくて、ちゃんと火を燃やしている感じというのか。その温度感のせいなのか、気づくとわたしは彼に対して一所懸命話している。「怒り」の他にもっと言葉はないのかなと思ったら、「美意識」というのが頭に浮かんだ。火のような美意識。

中屋さんは「真実を言うロボットみたい」と形容されていた。事実ではなく真実。柿次郎さんもそうだけれど、中屋さんもはっきりとものを言う。そしてはっきりと、人を褒める。わたしには「土門さんの文章読んで、どっきーんとしました」と言ってくれた。お礼を言いつつ笑ってしまった。

その後、ゆりこさんがOF PLANTSの搬入にやってきた。ゆりこさんは今日もいいにおいがした。
昨日、ゆりこさんがとてもきれいな花の写真をインスタグラムにあげていた。それがとてもよかったので「花がいい顔をしていた」と思わず言った。「花がいい顔をしていた」なんて初めて言った。ゆりこさんと少しずつ話を重ねるうちに、ゆりこさんにとって花は特別な存在なのだろうと思うようになった。そういう関係性が見えると、大切にしたいなと思って、ついあんな言葉が出た。ゆりこさんが「うれしいです」と言ってくれたので、よかった。
小さな真っ白いギャラリーに商品が置かれると、雪のなかに花が咲いたような空間になった。中屋さんが「すごくいいですね」とやっぱりはっきりと褒めて、トランプとポスターを買った。それを見てわたしも嬉しかった。

デザイナーのけいこさんが打ち合わせにやってきて、そのままみんなでキッチンゴンでお昼ご飯を食べた。
通りを歩くとき、けいこさんと並んで歩いたのだけど、けいこさんとわたしは背丈が近い。ふたりとも170cmほどある。背丈が近い女のひとと話すと、急にわたしは安心してなよなよしてしまうのだけど、けいこさんの前だとそれがひどい。なのでいつも、なよなよしてはいけない、と思っているのだけど、やはり安心してオムライスの話をして黄色い声をあげてしまう。彼女が動物好きなのもあるのかもしれない。彼女の手にかかると、自分や自分の作品が動物めいて感じる。キッチンゴンのオムライスはとてもおいしかった。

柿次郎さんと中屋さんが帰ったあと、ふと宿のうちから外に目をやると、そこに石神さんがいた。「もてスリムさんだ!」とわたしは柳下さんの話を遮り、肩をばしばし叩き外を指さす。もてスリムというのは、石神さんのペンネームだ。わたしは前々から彼の文章のファンなのである。流れるような、夜の川みたいな、うつくしい文章。会ったのはこれが初めてで、写真も2度ほどしか見たことがなかったけれど、一発でわかった。
石神さんはカーキベージュの大きなダウンを着て、大きなスニーカーを履いて、大きなペットボトルに入ったお〜いお茶を飲んでいた。
「みたい演劇があって、きのう京都に来たんです」
と石神さんが言うと、
「あいかわらず文化しかないね」
と柳下さんが言った。お〜いお茶を飲んでいるのに生活感がまるでないのは、そのためかもしれない。美意識に火と水があるとすると、石神さんのそれは水だと思う。静かに話すひとだった。

それから一野さんというデザイナーの方が来てくれた。詩人の辺口芳典さんと一緒に、POETONICというお店をやっていらっしゃるらしい。詩人に惹かれるデザイナーというのは素敵だと思う。

ここでアルバイトをしているしまちゃんがギャラリーに入って、「いいにおいがする」と言ったので、きっとゆりこさんだと思った。花の写真がある空間に、それを撮ったひとの香りが残っているのはいい。

最後に柳下さんと、今書いている小説の改稿の話をした。柳下さんは、出力したわたしの原稿を毎日持ち歩いているという。130枚近いA4用紙。まずはそれを最新版で揃え、わたしから赤を入れることになった。通しで読むのは初めてだ。すこし怖い。
「読んでごらん、おもしろいよ」
と柳下さんが言った。


こたつの中にひとが入り、出ていき、入り、出ていきし、夕方、誰もいなくなったこたつに残って、今日会ったひとたちを思いながらキーボードを叩いた。

ふと外を見るともう暗くなっていて、窓の外で雪が降っていた。