文鳥社の日記

京都の出版レーベル・文鳥社の日記です。

2018年2月22日(木)

午前に家で改稿をして、午後、二日ぶりに宿に来た。4章の改稿の〆切が近いので自宅にこもっていたのだ。

到着してすぐ、敬子さん、『月刊京都』という雑誌のライターの佐藤さん、それから伊勢丹の鈴木さんが宿に来ては出ていった。ひとが集まり出ていき、空気が動くのを感じる。それと一緒に、自分の中の空気も動く。風通しが良いなと思う。改稿はまだ終わってないけれど、来てよかった。

このあいだ、精華大学の卒展の取材で、
「自分とは自分以外のすべてから影響を受けたものだと思う」
という学生がいたのだけど、自分以外のすべてが多ければ多いほど、ひとは強いのかもしれない。それを強いと言っていいのかはわからないけれど。複雑であればあるほど、壊れにくいのかもしれない。人間に関して言えば。


鈴木さんと荒神橋の話になり、
「LANDっていうパン屋さんに行かれたことは?」
と尋ねられた。大好きなパン屋さんなので、一気に話が盛り上がった。あそこのバインミーは最高ですよね、という意見で一致する。わたしは「ル・プチメックの仔羊肉のサンドイッチ」をおすすめし、鈴木さんは「リベルテ」というパン屋さんと、「ブション」というビストロを教えてくれた。こうしてわたしは、わたし以外のものから影響を受け、より複雑にわたしをつくっていく。

みんなが出ていったあと、岩崎くんがこたつに入ってきた。
「少し休憩する」
と言うので、わたしは今度書く記事の参考文献を読みながら、
「チタチタ喫茶のチョコレートパフェ食べたことある?」
と聞いた。岩崎くんは「ある」と言う。
「なんで?」と聞かれて、最近『死ぬまでにしたい100のリスト』をつくっていて、そのうちのひとつがそれなんだと答えると、「すぐ実現できるな」と岩崎くんは言った。それで彼に、『死ぬまでにしたい』ことってなに? と聞いたら、岩崎くんはなんやろうなあとしばらくの間考えた。
この質問を最近し始めて発見したのは、答えがだいたい「消費」と「生産」に関わることだということだ。たいてい、どっちかが極端に多くなる。「幸福」とか「欲望」を内訳すると、「消費」と「生産」が大きく占めるということなのだろうか、と考える。

岩崎くんの答えは「生産」ばかりだった。「つくりたい」という言葉が多くて、感心する。でも一個だけ、違うのがあった。
「あ、子どもとキャッチボールしたい」
それを聞いて、なんだか笑った。チタチタ喫茶には、息子と一緒に行ってもいいかもしれないと思った。


お茶を飲みながら改稿をしていたら、この間来た大学生の男の子が、もう一度やってきた。岩崎くんは二階でSkype会議をしていたので、そのむね伝えると、
「土門さんに話を聞きたくて」
と言われたので驚いた。驚きながら、ほうじ茶を出す。

彼は小説を書くことに興味があって、いくつか作品を書いたことがあるらしい。それで、小説を書いているわたしの話を聞きたいのだと言った。
「役に立つことは何も言えないと思います」
と言うと、「そんなことはないです」と言われたので、そうなのか、と思う。それで、聞かれたことにはきちんと答えようと思った。

多分ひとにはテーマというのがあると思う、
というのが、わたしの今日話したことの核だったと思う。まだ大学3年生だということだから、それが何かを考えて、まずは卒論を一所懸命やってみてはどうかなということを話した。
「卒論何やった?」
と聞くと、岩崎くんは「阪神タイガースの広告戦略」と言った。彼は永遠の野球少年なのだ。わたしはさもありなんとうなずく。
途中から出勤していたしまちゃんには、卒論ではなく「卒制」を聞いた。彼女は芸術の大学・大学院を出ている。
「しまちゃんは大きいものを作ったんやんな?」
と岩崎くんが聞くと、しまちゃんはうなずいて、イワシとかサンマくらいの大きさのものを木でたくさん作って、さらに3メートルくらいの櫓を作って、そこにわーっと吊るしたんです、と言っていた。3 .11の年だったという。
「おみくじとか、絵馬とか、思いのこもった小さなものがひとつのところに集まっているものを表現したくて」
タイトルは何だったんですか? と聞いたら、しまちゃんは
「群れ」
と言った。

わたしの卒論は、吉行淳之介の『暗室』だった。引用に次ぐ引用と、そのモザイクのような構成から浮かび上がる奇妙な暗さ、女と男、密室、戦争の傷跡。自殺率、出生率性風俗の事情、引用の原本、あらゆる資料を求めて、あるかどうかもわからないのに大阪や東京の図書館まで行った。吉行の描く世界に強く振動して、頭のなかをたどりたかった。

大学生の男の子は、
「話せてよかったです。なんだか、これからすべきことが見えてきたように思います」
と、お礼を言ってくれた。

誰かの役に立てることは、純粋に嬉しいことだと思った。こんなわたしでも役に立つことがあるのだな、と思う。

「今日は来てよかった。みんなと話せてよかった」
と帰り際に言ったら、岩崎くんとしまちゃんが笑った。