文鳥社の日記

京都の出版レーベル・文鳥社の日記です。

2018/03/18(日)

日曜。宿には行かず、家にいた。

寝室で、編集者がきのう話してくれたキュリー夫人のエピソードを思い出す。
「すごく寒い夜、キュリー夫人の部屋にはベッドしかなかった」

わたしはその話を、堀川通を渡りながら聞いた。
「すごく寒いのに、からだをくるむ毛布がないんだ。それでキュリー夫人はどうしたかというと、椅子をからだのうえに乗せたんだよ」
「椅子? 座るための?」
「そう。彼女は、『重たい』という感覚を『あたたかい』という感覚に錯覚できるのではないかと考えたんだ」

わたしはそれを聞き、思わず笑う。おかしかったからではない。嬉しかったからだ。彼女のその、寒い冬の夜に湧き出た鮮烈なアイデアが、とても愛おしかった。

「僕はこのエピソードを心から愛している」
編集者もそう言った。
「自分のいまの感覚や感情は、実は錯覚されたものかもしれないよね」

道行くひとが、編集者のTシャツの胸元をちらりと見た。そこには「ロボ」と大きく描かれている。編集者はまったく意に介さない様子で、
「自分はだませるからね」
と言った。


そんなことを思い出しながらカーテンを開ける。今日もよく晴れていてあたたかい。

もう春が来ている。