文鳥社の日記

京都の出版レーベル・文鳥社の日記です。

2018/03/19(月)

午前は曇りだったけれど、昼過ぎには雨がぱらぱらと降り出した。

宿に着くと誰もいない。土曜と特に様子も変わっていない。わたしは上着を脱いでお湯を沸かし、その間にPCを立ち上げメールをチェックし、それからお湯が湧いたので緑茶を淹れた。

ガラス扉のむこうを、白髪のやせたおじいさんがゆっくりと歩き、立ち止まり、目を細めてこちらを見る。訝しそうに。

ここに来るまでのバスのなかで読んでいた本の一節を思い出す。


「つながりが価値になるって非常に政治的だよね、誰々の友だちとか知り合いとか、どうでもいい。昔はそうじゃなかったはずなんだよね。基本は食うため、幸せになるために、技術を向上して競争に勝つために努力したもの」
(オオヤミノル『珈琲の建設』より)


土曜、わたしは岩崎くんと柳下さんにこんなことを言った。
「小説は美しいものだから、誰かの期待に応えなきゃとか、配慮しなきゃとか、そういう、自分を守るための要素をなるべく排除したい。純度を守るために」

すると柳下さんはわたしに
「君は写実主義だからな」
と言った。


そうか、わたしは「つながり」ではなく「誰々」を描きたかったのだな。徹底して。

それができているだろうかと、いつもいつも、緊張しながら書いている。
きっとすぐにわかってしまうから。気を抜くと、それは埃のようにうっすらとつもってしまうから。

ガラス扉の向こうで、今度は腰の曲がったおばあさんがこちらを見ている。
わたしは一瞬そちらを見て、またPCの画面に向かう。

「犀の角のようにただ独り歩め」

静かで、今日は誰も来なかった。
宿の外では、やわらかな春の小雨が降っている。