文鳥社の日記

京都の出版レーベル・文鳥社の日記です。

2018/04/05(木)

ゆうべは眠るまで短編を書き、今日は午前中に短編を書いた。正午、編集者にそれを送る。鏡を見るとぼさぼさの髪の毛に、めがねが曇ったわたしがいた。どういうわけか、夢中で書いているとめがねが汚れて曇ってしまう。無意識に触っているのだろうか。目が充血している。


月曜日ぶりに宿へ行く。
今日はお昼から来客があるので、お湯をわかしてやかんを用意する。お子さん連れで来るとメッセージがあったことを思い出し、「ジュースを買えばよかったな」と思い、宿の冷蔵庫を念のためチェックすると、見事にお酒しかなかった。ソフトドリンクだ、と思い手にとったのはレッドブルで、わたしは諦めることにする。

松井さんが連れてこられた、宮崎でコピーライティングをしているという渡辺さんとは初めてお会いした。彼女はわたしと同い年で、同い年の男の子がいる。息子さんは「かん君」と言って、漢字を聞くと「環」と書くのだと教えてくれた。環君はまつげが長い。わたしは自分の長男を見ているような気持ちで彼を見る。数字が読めることを褒められ浮かれる彼、そしてゲームが欲しいと言って泣く彼、「まるで廉太郎みたい」と思う。わたしは環君の頭をなで、チョコレートをあげた。涙でまつげをびっしょり濡らした環君は、チョコレートを手にするとぴたっと泣き止んで、お母さんの顔を見た。そして嬉しそうに笑った。わたしは彼がかわいくてしかたないと思った。廉太郎に会いたいと。

それから藤本さんがやってきた。藤本さんは、今日から宿で働く人だ。わたしと同い年で、もともとデパートで働いていたのだけど、10年以上勤めたそこを辞めてこの宿で働くことを選んだ。ここで働きたいと、彼が言ったのだと言う。
「プロポーズされた気分やった」
そう言っていた岩崎君は、そのプロポーズされた相手が初出勤だというのに今日はいない。アメリカに野球を観に行っているのである。わたしは出がらしのお茶を藤本さんに淹れ、
「藤本さんが来たよ」
と岩崎君にメッセンジャーで送った。すると、イチローの動画が返された。イチローは大きな背中をしていて、小さな画面のなかでもちゃんとスーパースターだった。

それからしまちゃんが来て、小嶌さんが来た。
しまちゃんが藤本さんにあれこれを教えているのを聴きながら、小嶌さんと向かい合って仕事をする。

外からふらりと入ってきた男性は、
「ちょっと見ていっていいですか?」
と言った。
そして宿の中を静かにじっくり見てから、お礼を言って出ていこうとする間際、
「土門さん?」
と、ドアに描かれているわたしの名前を見てそう言った。
「あ、あなたが土門さんですか。宿で小説を書いているっていう。ああ、ここがその宿かあ」
彼はすべてが繋がったみたいに、「なるほどー」と言って笑った。
「きょうちゃんのSNSで見て、いつか来てみたいなって思っていたんです。でもまさかここがそうだとは思わなかったなあ」

きょうちゃん。
「柳下さんのお友達ですか?」
そう聞くと、彼はうなずいた。柳下さんは「恭平」という。

彼は原さんといって、京都で打ち合わせがあった帰りに、ふらりとこちらに寄ったらしい。わたしは宿に貼られている柳下さんのコラムを教えてあげる。彼がそれを読んでいるあいだに、柳下さんに「原さんがいらしているよ」とメッセージを送った。

「きょうちゃんらしい文章だなあ」
原さんが微笑みながら帰ってきたとたん、わたしのiPhoneが鳴った。柳下さんは「原ちゃんにかわって!」と言った。

わたしは自分のiPhoneを通じて「きょうちゃん」と「原ちゃん」が話しているのを聴きながら、またこたつに戻る。遠い東京で、「きょうちゃん」が笑う声がした。