文鳥社の日記

京都の出版レーベル・文鳥社の日記です。

2018/05/25(金)

きのう原稿を編集者に渡し、それからブログをふたつ書き、ビールを飲んで、すでに眠っている子供のあいだに挟まって寝た。夫が飲み会から帰ってきたので一瞬だけ起きたがまた寝た。そのあと4時に目が覚め、スマートフォンに届いているメッセージを待ち受け画面上のみで確認し、また寝た。
小説を書いている間は眠れなかった。一度起きるともうなかなか眠れない。眠れない、眠れない、と思うと「わー」と叫びだしたくなった。やはりまだ完成していないとはいえ、原稿を出せたことに安心したんだろう。
朝起きて、弁当を作り、家族を送り出す。次男は最近、手で物を食べたがる。味噌汁や米がぐちゃぐちゃについた手で頭をわしわしかくので、保育園に連れて行く前にシャワーを浴びさせなくてはいけない。車の絵のついた服を着せたら、「ぶっぶーちゃん」と言って、じいっと見入っていた。「ぶっぶーちゃんの服だね」と言うと、「うん」と言う。ちょっとだけ、会話のやりとりができるようになった。

山極寿一『父という余分なもの サルに探る文明の起源』という文庫を昼ごはんのあとに読んでいる。
「父親という存在は配偶者とその子どもによって二重に選択されねばならないという脆弱さをつねに備えている」
なるほど、と思う。母親は、自分が産み自分が乳をやることで、明確な「母親」印が刻まれる。先天的だ。それのない父親という存在。つまり父親は後天的になるものなのだろうか。「二重に選択されねばならない」というのは、大変だろうと思う。母親もでも、いつか「選択」される日がくるのだろう。

午後、次に改稿にとりかかる4章を読んだ。また涙が出た。わたしはこれを満足できるところまで書き上げることができたらそれでいいと本気で思う。もちろん、書ける限り、新しく作品を書き続けたいんだけど。でもこれから先、毎回毎回、そう思えるだろうか。

さあ、また新しく頑張ろう。