2018/10/14(日)
頭が痛むので日中は家におり、夜になってから10年来のデザイナーの友人と飲みに行く。
彼女は言った。
「たとえば友達が死んだとしても、大事な人がいなくなったとしても、きっとわたしは『そういうこともあるよな』って思う。悲しいけれど、受け入れるしかないとわかっている。冷たいのかもしれへんけど」
わたしはそれを聞きながら、打ちひしがれ号泣している自分のことを思った。
多分簡単には受け入れられない。真っ向からその事実をひっかぶって、ぼろぼろになりながら泣くだろう。
人生にあと何度くらいそういうことがあるんだろう。
それでもまた蘇生するのだということを、ちゃんと覚えていられるだろうか。