文鳥社の日記

京都の出版レーベル・文鳥社の日記です。

2018/09/22(土)

長男の運動会へ。

休憩所として理科室が使用できるとプリントに書いてあったので、長男の出番以外はほぼそこで過ごした。みんな休憩所として使えることを知らないのか、それとも運動会で休憩するなんて考えはないのか、理科室には誰一人いなかった。

窓を開け、頬杖をつきながら、校庭を眺める。

五年生の騎馬戦で、赤組に非常に強い男の子がいた。
彼はいつも最初劣勢なのに、下からかいくぐるように腕を伸ばし、白い帽子をぱっと素早く奪い取る。
そして、まるで敵の親玉の生首を刈り取ったかのように、白い帽子を高々と一度だけ上げるのだ。

その光景があまりに素敵で、気づいたら涙ぐんでいた。
誰なのかもわからない、赤組の男の子。

2018/09/19(水)

今日も次男が体調不良のため、保育園を休ませうちで面倒を見る。午前に税理士さんが来ているあいだは、彼はぶうぶうといびきを小さくかきながら眠っていた。

昼にうどんを食べる。冷蔵のうどんは全然おいしくない。半分ほど残したら、次男が全部食べてくれた。
その後、頭がひどく痛くなり、横になる。あまりに痛くて涙が出た。次男はいい子して、車でひとりで遊んでいた。

夕方になるとましになり、原稿チェックや明日の取材の下調べなどをする。
取材してエッセイを書くのだが、まずは好きにやってみようと思う。頼まれなくても書きたくなるものを、と自分に言う。それなら書けそうだ。

嬉しい知らせがふたつ届く。
朝から気分が塞いでいたので、神様からのお土産だと思った。

そういうふうに一喜一憂しながら生きている。

2018/09/18(火)

次男が熱を出したため、家で面倒を見ながら仕事をする。

少しずつ彼は言葉を覚えていっている。「てれび」とか「おりよ」とか「おみず」とか。

だけど言葉が追いつかないときに、彼はよく泣く。
わたしはぽろぽろ流れる涙を見ながら、もしかしたらわたしも、言葉を持っていなければこんなふうに日に何度も泣くのかなって思った。

眠たいとか、抱っこしてほしいとか、なんだか寂しいとか、かゆいとか痛いとか。

日に何度も泣き、笑う彼を見ながら、ああ感情はこんなにも湧いて出るものなのだなと思う。無表情でカタカタとキーボードを叩くわたしの脚に、次男が抱きつきにっこり笑いかける。

ママはいつも不安だよ、いつも寂しいよ、だけどあなたがとてもかわいいよ。

言葉がなければ泣いているのだろうか、わたしは。
にっこり笑いかけてくれる次男に、わたしもにっこり笑いかける。

2018/09/17(月・祝)

長男と、母を見送りに京都駅へ。
帰りに、母からもらったお小遣いでおもちゃを買うために伊勢丹へ寄る。
長男は30分以上悩んだ結果、LaQの「POLICE CAR」を選んでいた。

その後わたしの買い物に付き合ってもらう。
わたしには「店にあるもの全部欲しいくらい大好きだけど、今の自分には高くて買えない」ブランドというのがある。最近は買えないのに見てるだけなのが虚しくて行かなくなっていた。でも久々に行ってみようかと思い長男を連れて覗いてみる。

きれいなオリーブ色のアウター、すべすべした手触りのシャツ、美しいシルエットのスカート。どれも、値段はわたしの予算の倍はいく。
眺めているだけにしようと思っていたら、感じの良い店員さんが「ぜひ試着を」と言ってくれて、怖気付きながらも着てみることにした。着てみたら、案外よく似合っていた。自分で言うのもなんだが、よく似合っていたのだ。

長男が「かわいい」と言った。すごく欲しいな、と思ったが、買わないでおいた。
家に持って帰ったら気が重たくなりそうだったのだ。こういうところが、貧乏じみているなと思う。

だけど、案外似合っていたことが嬉しかった。それを確かめられただけでも、今日は十分だと思った。

店員さんによくよくお礼を言ってから店を出た。長男にしつこく「似合ってた?」と聞く。長男は根気強く「にあってた」と返し続けてくれた。

2018/09/16(日)

実家から母がやってくる。
昼ごはんにカニカマ入りの卵焼きを作ってくれ、午前中に宅配便で送ってきたスペアリブを解凍して出してくれる。卵焼きは懐かしい味がした。わたしにはこの味がどうしても作れないし、多分自分が作ったら嫌な気持ちになって食べられないだろうなと思う。わたしにとって実家の味というのは生々しい。

食べ終わるとひどく頭が痛くなり、母に断って昼寝をすることにする。子供たちを見てもらっていたので「早く起きないと」と思いながらベッドに寝たが、気づいたら二時間経っていた。まだ頭痛がやまないので母からロキソニンをもらい一錠飲む。

夜ご飯の調達のため、近所のスーパーマーケットへ行く。
母と両側から次男の手を引いた。まだ一歳の次男は、長男が赤ちゃんだったときよりもずいぶんわたしに似ている。