文鳥社の日記

京都の出版レーベル・文鳥社の日記です。

2018/07/21(土)

頭の中でずっと同じ曲が流れている。
つい口ずさんでしまいそうになるが、頭の中で流れているのが音源そのものをきちんと再現したものであるので、それが壊れてしまうのがいやで、口ずさまない。ひとつの曲のなかに自分の全体が浸っているようで、何だか守られているような気がする。久しぶりに大型書店に行ったらたくさんの本があり、おびただしい数の言葉があった。飛び込んでくるそれらを、わたしを浸す曲が押し流す。曲名は「土曜日の夜」という。

2018/07/20(金)

朝から原稿。

集中が途切れながらも、夕方まで。

右肩と後頭部が痛い。冷房で身体が冷えている。

夕方、雑誌に掲載する打ち合わせをしに、喫茶店へ。

なにを書くにしても、私的なものを書きたいなと思う。

わたしの中を静かにさせて。誰もいない、海辺の部屋みたいにして。そこでものを書きたい。

2018/07/19(木)

名古屋へ日帰りで出張へ。

帰りの新幹線は、ディレクターさんと一緒に乗る。「冷たい飲み物と甘いものを買って、お話しましょう」と言う。素敵な提案のしかただと思う。
改札手前のコンビニエンスストアへ寄る。わたしが赤福を手にとると、彼が振り向いて「しるこサンドもおいしいですよ」と言った。「しるこサンド?」「そこの棚にあります」見るとビスケットのようなものが袋にたくさん入っているのがあった。200円もしなかったので、それも手にとる。それからパックのグレープフルーツジュースを買った。彼はトッポとジャスミンティーを買っていた。

30分間、冷たい飲み物と甘いものをつまみながら、わたしたちはお話をした。
「土門さん、福井の海に行ってみてください」
「福井の海?」
「素潜り、とてもおすすめです。少し深いところで潜ると、360度さあーーーっと青い風景が広がっていて、本当にきれいですよ」
聞くだけで心が洗われるようだね、とわたしは言った。
しるこサンドは確かにおいしかった。

家につくと、編集者から、取材で福井へ行こうとメッセージが来ていた。
「海に行きたいな」
そう言うと、
「行こう!」
と返ってきた。



2018/07/18(水)

編集者から電話をもらう。
「提案があるのだけど、これから週に一度は何もしないで休む日を作ったらどうかな」と言われ、驚く。
これから書く予定の原稿は複数あり、小説の改稿ももちろんある。取材だってもう数本決まっている。フルエンジンで取り掛からねばと思っていた矢先だったので、「何もしないで休む日を作る」と聞いて驚いた。

「まったくロジカルではないんだけどね」と編集者は言った。
「だけど、君は原稿製造機じゃないでしょう? 稼働すればするほど書けるってわけでもないと思うんだ」

それを聞いて不覚にも泣きそうになってしまった。そう。わたしは原稿製造機ではない。だけど「書かなきゃ」とずっと思っている。寝ても覚めても。そのことにだいぶ疲れていたのだと思う。

彼は、おすすめなのは「プールに浮かぶこと」だと言った。わたしはプールに浮かぶ自分を想像する。実際にはかなづちなので、仰向けで浮かぶことができないのだけど。多分、力を抜くのが本当に下手なのだと思う。余計な力が入りやすい気質なのだ。

「とにかく、オフラインの時間をまとまってとることが大事だと思う」と彼は言った。


電話を切ってから、原稿を書いた。着手して手を動かすと、それだけで少し気持ちが軽くなる。虚と実で言うと、わたしにとってはやはり書いている時間が「実」だ。「実」が少なくなると、自分のことが信じられなくなる。それは自信とかそういうものではなく、実体のないようなものに思えてくるのだ、自分のことが。

「実」のなかにも「虚」は入ってきやすい。純度の高い、強度のある「実」を保てるようにしたい。
そのための、「プールに浮かぶこと」なのかもしれない。

2018/07/17(火)

取材で名古屋へ。作業療法士の方にお話をうかがう。
「そのひとらしい生活にできるだけ近づけるように」と彼女は何度かおっしゃっていて、素敵な言葉だなと思った。わたしらしい生活って、すごくささやかなことなんだろう。自転車を漕いで京都の街を走るとか。箸を使って卵をかきまぜ毎朝卵焼きを作るとか。本のページを一枚一枚めくるとか。こうしてキーボードを打つとか。ノートに文字を書き付けるとか。話をしていて何度か泣きそうになる。人間というのは、ただ生きるだけではないんだな、と思う。ささやかでも、小さなことでも、そのひとらしさを形成するものはすべて尊い

フォトグラファーの方とディレクターの方と三人で、帰りにごはんを食べる。せっかく名古屋に来たので何か名物を食べましょうということになり、名鉄百貨店でひつまぶしの店に来たら二時半だというのに行列ができていた。すぐに諦め、隣の隣のみそかつ屋さんへ行く(隣は味噌煮込みうどん屋さんだった)。

そこでフォトグラファーの方が最近読んだ本の話をした。
「人はものを作るとき、まず独り言から始まる、と書いてあったんです。独り言から始まったものが、ある形をもって人に伝えられ、そこで対話が生まれる。モノローグからダイアローグへという順序をたどることが、ものを作るときの道筋だと」

そしてフィルムとデジタルのカメラの違いの話へと続く。
フィルムカメラはモノローグ的で、デジタルカメラはダイアローグ的と言えるかもしれません。フィルムは撮ったものすべて「よし」なんです。現像された写真が答えであり、独り言の結果である。でもデジタルだとその場で写真が見れてしまうから、そこですぐダイアローグが生まれる。自分の中の他者が批評しはじめて、そこで良し悪しが判断されてしまう」

そんなことをフォトグラファーの彼は言っていた。
とてもおもしろい、とわたしは言った。彼の読んだ本のタイトルを教えてもらったので、読んでみようと思う。

2018/07/16(月)

メキシコから帰ってきた友人に久しぶりに会った。髪の毛が金色になっていて、少し痩せていた。日本は湿気が多いという。メキシコは湿気がなく、頭痛など起こらなかったらしい。わたしも彼女も頭痛持ちなのだ。羨ましいなと思う。湿気の少ないところに住んでいたら、もう少しわたしの性格も違っていただろうか。

引越しがとても苦手なので、引越しという行為はしたくないけれど、他の場所には住んでみたいように思う。また海の近くに住みたい。

2018/07/15(日)

きのうかぶとむしが死んだ。わたしはかぶとむしが触れないし近づくことも苦手なので、ほとんど長男に任せっぱなしにしてしまっていた。かぶとむしが、頭と胴体がばらばらになっているのを見て落ち込んだ。あと2ヶ月は生きられたはずなのに。

くらい気持ちで外に出ると、朝顔が咲いていた 。きれいな群青色だった。思わず長男を呼ぶ。「廉太郎、朝顔が咲いてるよ! きれいな青!」

図書館でかぶとむしの飼育についての本を借りてくる。図鑑はたくさんあるのに、飼育の本は1冊しかなかった。廉太郎はまだ、本の選び方をあまり知らない。だけど彼が読んでおもしろそうな本はたくさんあるので、そのうちの一冊を選んでやった。水木しげるゲゲゲの鬼太郎シリーズだ。彼は大いに喜び、真剣に読み始めた。朔太郎は車が好きなので「のせてのせて」を借りてやる。彼はもう一冊自分で持ってきた。「うさこちゃんと海」。夏らしい素敵なチョイスだね、と褒めてやる。

自分にはコミックを借りた。「こっこさん」と「沢田さん家はもう犬を飼わない」。どちらも動物を飼う、という話が含まれている。そうとうかぶとむしのショックが大きかったのだなと、選んでから自覚する。

帰ってから取材の準備。
来週は二日間名古屋へ行く。これからは取材と記事起こしの連続だ。

編集者が喫茶店で小説に赤入れをしていたと言う。帰ってくるのは、少し緊張するな。


暑くて暑くてたまらない。