文鳥社の日記

京都の出版レーベル・文鳥社の日記です。

2018/11/18(日)

義妹の赤ちゃん、つまりわたしの姪っ子にあたる女の子、汀ちゃんに会いに行く。小さくて、柔らかくて、決して落っことしたりしないようにと、緊張しながら抱っこした。まだ真っ黒な瞳には、多分ものがあまり見えていなくて、彼女はにおいや音や触覚でわたしという伯母を認識しているのだろうなと思う。廉太郎は最初恥ずかしがっていたが、もともと赤ちゃんが好きな子なので、かわいいと微笑んでじっくりと見入っていた。子供の声に反応したのか、汀ちゃんが「あっく」と声をあげる。まだ言葉のない世界にいる汀ちゃんが廉太郎に声をかける姿は、なんだか神々しかった。赤ちゃんの瞳は宇宙みたいだと思う。どんどん奥に入れそうなほど、黒。

2018/11/17(土)

ポストを開けると「パンカレンダー在中」と書かれた白い封筒が届いていて、「パンカレンダー」と思わず口に出し笑ってしまう。嬉しい響きだ。

今年一緒に仕事をしたフォトグラファーさんからの贈り物なのだった。
「お腹が空くカレンダー良かったら使ってください」
というメッセージカードとともに。

ぱらぱらとめくったら、すごく好きな写真があった。小さな手が、大きなカンパーニュに添えられている。心があたたかになるような写真。だけど清潔で、凛としていて。

来年はこれを使おうと思う。心があたたかで、清潔で、凛とした時間が過ごせたらいい。

どうもありがとうございます。

2018/11/16(金)

『経営者の孤独』の原稿を書いている。この原稿に限らないのだけど、いつも、原稿を書きあげるまで不安でたまらない。「本当に書けるのかな」と思う。連載をいくつか持っているが、そのどれもで毎回思う。前まで書けていてもそれは全然自信にならない。前はできたじゃないか、が、文章を書く行為においてはまったく有効ではない。

じゃあどうすればいいのかというと、それはもう、「好きに書いたらいい」と自分に言い聞かせることだ。「書くことを楽しんだらいい」「自由に書いたらいい」その結果書き上がるものは、少なくとも自分は喜ぶ文章だし、そもそもわたしは自分が喜ぶ文章しか書きたくない。というか、書けない。そんなことしたら手が止まる。自分が喜ばない文章なんて、本当の意味で誰にも響かないことが書いているそばからわかるから、不毛すぎてそれ以上手が動かなくなるのだ。

そう言い聞かせていると、不思議と書けそうな気がしてくる。手がうずうずしてくる。
ばかだなあ、自由になるために書き始めたのに。そういう声が自分のなかでしてきて、わたしはほんとだねと返す。

いつでも初めての気持ちで書きたい。それは大変なことだけど、とてもわくわくすることだ。

今から小説を改稿して、寝る。自由な場所があるというのは、本当に幸福なことで、わたしはそれを大事にしたい。それは自分を大事にするということだから。

2018/11/15(木)

前からずっと言い続けているが、テープ起こしというのがすごく苦手だ。自分が話している内容を音声で聞くのはたまらないものがある。焦ってるなあとか、ここわかってないのにわかったふりしてるなあとか。でもたまに、「ああ、ちゃんと聞いてるな」と思うこともある。書くときに絶対「ここ、なんでもっと聞かなかったんだろう」と思うなと、未来のわたしを慮って、捨て身で聞いている自分がいる。そういう自分のことは嫌いじゃないし、「よくやったじゃん」と少し思う。

2時間のインタビューを起こすのにその3倍の時間はかかる。つまり6時間。しかも、ずっと集中していないといけないので、かなりエネルギーを使う。聞き流しては正確に起こせないし、正確に起こせないと相手ではなく自分の言葉になってしまう。それがいちばんよくない。停止ボタンを押し、再生ボタンを押す。いつも、えいや、という気持ちだ。また自分のあのおかしな物言いを聞かねばならないけれど、それでもえいや、と。だってそこには、相手の方の言葉があるから。そっちを正確に文字としてつかまえるほうが、大事だから。

再生ボタンを押したあとに、「ああ、この言葉が聞けてよかったな」と思うときがある。そういうときは本当に嬉しいし、救われる。書けそうだ、とうずうずする。

やっと終わった。予定より1日遅れ。いつもわたしの見積は甘い。
これはどんな記事になるのだろう。

2018/11/14(水)

自転車を漕ぎながら、母のことを思う。もしも病院に行くのがもっと遅かったら、彼女は脳梗塞になっていたという。

死ぬ瞬間というのは、どういう感じなのだろう。「ああ、死ぬのだな」ということがわかるものなのだろうか。それとも眠りにすごく近くて、眠るのだと思って死ぬのだろうか。「ああ、死ぬのだな」と思った瞬間わたしは泣く気がする。だけど泣きながら死ぬという場面を、映画やドラマなどで見たことがない。ということは、やはり眠りにすごく近いのだろうか。

自転車で道を走りながら、この道はたくさんある道のうちのたったひとつなのだと思う。死を意識すると急に視界が開けた気持ちになるものだ。

今日も書いた。明日も書こう。

2018/11/13(火)

保育園から電話がかかってきて、次男が熱を出したという。迎えに行ったらぬいぐるみを抱いてぐずぐず泣いて、わたしを見ると「がっこー(だっこ)」と言って抱きついてきた。きのうの夜に四種混合のワクチンを打ったからその副作用かもしれない。連れて帰ったら昼寝をしたので、そのすきに仕事を進めた。

途中母から電話があり、出ると「口もとがずっとしびれるので病院に行ったら、脳梗塞になるところだったらしい」と言っていた。驚いたけれど、普通に話しているので実感がわかない。実感がわいていないと伝わると傷つくかと思い、できるだけ優しい言葉をかけた。「でも、孫たちが大学生になるまでは死ねない」と言っていた。このあいだまでは「孫の顔を見るまでは死ねない」だったのが延びている。「お母さんが死ぬと困るじゃろう?」というので「困るよ」と答えた。だけどやはり実感がわかなかった。彼女がもしも死んでしまったら、わたしは何を後悔するのだろう。できることが多すぎて、しなかったことが多すぎて、多分後悔もあふれるように出るだろう。母はわたしに苦労をかけたし、わたしは母に苦労をかけた。それでもなんとか母子として生きてきた、それだけでいいのかもしれないけれど、と思う。

エッセイをひとつ書き、小説の改稿を進めた。ひとつわかったかもしれないことがある。その仮説を胸に、小説のなかを進んでいく。ほらここも、ほらここも、と、これまでに書いてきた言葉を照らしながら、書き直しながら、進んでいく。

次男には『崖の上のポニョ』を見せていた。赤ちゃんが画面にうつると、「かぁいいねえ」と言って嬉しそうに笑った。あなただってまだ赤ちゃんなのよ。そう言おうとしたけれど、いつの間にか次男は大きくなっていて、赤ちゃんじゃなくなっていた。

2018/11/12(月)

今朝は持久走をする夢を見た。女子は5周走らねばならないのだが、途中で自分が3周走ったのか4周走ったのかわからなくなるといういやな夢だった。やけになったように夜の商店街をすごく速く走った。途中でへばってもいいやというように。どうせ何周走ってるのかもうわからないのだから、と。

出張から帰ってくると2,3日は、部屋に置かれた着替えが入ったままのカバンだとか、その中に入れている領収証でパンパンになった財布だとか、まだ旅がわたしにこびりついている感じがする。午前は税理士さんと話し、それを機会にいろいろと事務仕事を終わらせながら、徐々に旅を肌から落としていく。少しずつ日常に戻るのは気持ちがいい。日常に戻っていく作業は、経験した非日常をなじませていく作業だ。そうすることで、やっと文章を書くことができる。

今日は嵐電のエッセイに取り掛かろうとしたが、なかなか集中できない。何を書くべきか、まだ見つかっていないのだ。うなりながらそばにあった雑誌『& Premiun』をめくる。画家のマリー・ローランサンが頬杖をついてこちらを見ている写真が載っていた。彼女は遺言に、自分が死ぬときには純白のドレスに身を包み、胸には赤いバラを一輪、それからかつての恋人・アポリネールからもらった手紙を抱きたいということを書いていたのだという。そして、死後はそのとおりに葬られた。
わたしはその記事を読み、思わず感嘆する。
彼女は自分の王国を持っている。その王女である彼女は、死後手厚く葬られる。自らの手と、希望によって。彼女のあるじは彼女、ただひとりなのだ。

「天才の男が私を怖気づけさせたとしても、女性的なすべてでもって私は完璧に気楽になれるのよ」

そんなローランサンの言葉に目が釘付けになり、何度も読み返す。わたしは、女性をこんなによいものとしてあらわす言葉を見たことがない。

そう思いながら自分のほおを触った。ほおは柔らかく、肌はうすく、そこには白粉と頬紅がのっている。

生まれ変わってもわたしはきっと、神様の前で「女がいい」と言うのだろう。どうしてと聞かれてもわからない。ただ、女としてまた生きてみたいから、と言うのだろう。