文鳥社の日記

京都の出版レーベル・文鳥社の日記です。

2018/03/12(月)

今日はとても良い天気だ。

午前中は資料を読んで、小説の年表を作りなおしていた。舞台は決まったが時代をどうするかがまだかっちり固まらない。悩みながらお昼を食べ、そのまま自転車で宿へ向かう。ペダルを漕ぐごとに、頭の中の情報がこなれて発酵したらいいのに。手を動かさないと、なんだか不安になる。


宿についてしばらくすると、しまちゃんが女の人と一緒にやってきた。
「わたしのお友達の、井上さんです」
としまちゃんが紹介してくれた。

井上さんは東京に住んでいて、服をつくっているらしい。デザインもするし、パターンもひくし、染色も、ミシンで縫うこともすると言っていた。わたしは「すごい」と感嘆する。彼女がはいているスカートも自分でつくったそうだ。そのスカートは紺色の地で、ぽつぽつと白い丸が抜かれており、やわらかな吹雪のような白色がところどころを覆っている。
テキスタイルには名前がついているという。そのスカートのテキスタイルは、
「あたたかい雪」
という名前なのだと聞いた。夜に降る雪をイメージしたそうで、とてもきれいだと思った。

ふたりがこたつに入ってきたので、広島土産のもみじまんじゅうを差し出す。
いろんな味が入っているのだが、しまちゃんも井上さんもこしあんを選んだ。わたしは抹茶あん。三人でほうじ茶を飲む。


ふと窓の外を見ると、ニット帽にグレーのスウェットという出で立ちのふたりがのぞきこみ、手を振っている。背後から陽光が差し込むため逆光で顔が見えず、わたしは目をこらした。
「イーハンです」
扉を開けるなり彼はそう言った。それでわたしは彼がイーハンくんなのだとわかって
「イーハンくん!」
と言った。

イーハンくんは大工さんである。もうひとりのひとは最近アルバイトとして入られた方らしい。シュウエイさん、という名前なのだとイーハンくんは言った。ふたりとも、どこか中国を感じさせる名前だと思う。イーハンくんはあだ名だけれど、シュウエイさんはどうなんだろう。

イーハンくんは次に打ち合わせが入っているんです、と言った。
時間が差し迫っているらしく、そわそわしている。そわそわしているのに、「二階も見てみようかな」と言って、二階へとのぼっていった。降りてきたので、「もみじまんじゅう食べる?」と聞いたら「食べます!」と言う。「いろんな味があるよ」と箱ごと渡すと、イーハンくんは「どれにする?」と聞きながらもすぐに「おれつぶあん!」と自分で言い、シュウエイさんは「じゃあクリームを」と言った。残ったチョコあんは、岩崎君にあげようと思った。

イーハンくんはそわそわしながらも、元・牛乳冷蔵庫だったギャラリーの中にも興味を示して中に入ってぐるりを見渡していた。時間は大丈夫だろうか。わたしまでそわそわしてくる。

「すみません、ぼく、あせりーなんで。どうしてもそわそわしちゃって」
ギャラリーから出てきてイーハンくんが言った。
「あせりー?」
聞き返しながら、気にしい、の焦りバージョンなのだなと理解する。
「はい。今度はもっと時間があって、ゆっくりできるときに来ます!」
そう言って、ふたりは手を振りながら出ていった。


井上さんはこれから京都駅へ行くという。しまちゃんがバスで行くといいよとアドバイスをしてあげると、
「京都の道は迷うからなあ…」
と、井上さんはほんわかと笑った。そして
「帰り道に読みます」
と言って、『100年後あなたもわたしもいない日に』を買ってくれた。

お礼を言いながらしまちゃんと見送る。
逆方向へ行こうとする井上さんを止め、回れ右をしてもらって、わたしたちは手を振った。

春のひかりに、夜に降る雪が照らされてきれいだった。