文鳥社の日記

京都の出版レーベル・文鳥社の日記です。

2018/03/17(土)

朝、支度をしていたら柳下さんからメッセージが来た。
荒神橋にイーハンくんといるよ!」
と言う。

約束の時間までまだだいぶあったので、もう少ししてから出ようと思っていたけれど、すぐに出ることにした。あと15分くらいで出られると思う、とメッセージを送り返す。支度の仕上げをして、革靴かスニーカーかで少し迷い、スニーカーを履いて行くことにした。

荒神橋のそばに行くと対岸に柳下さんとイーハンくんが座っているのが見えたので、鴨川を架けている亀石を飛んでそちらまで行く。スニーカーで正解だった、と飛びながら思う。

そばに立ち声をかけると、わたしの顔を見るなり柳下さんが
「どうしたの? 元気ないね。息も切れてるし」
と言った。「顔、白いよ」と。
息が切れているのは今亀石を飛んだからで、顔が白いのはゆうべあまり眠れなかったからかもしれないと答えると、柳下さんが
「どうしたの、何か悲しいことでもあったの」
と言う。イーハンくんも心配そうな顔をして、
「僕に何かできることはありますか」
と言うので、わたしは笑って「ありがとう、そう言ってくれるだけで十分だよ」と返した。
するとイーハンくんは、ベンチに置いている紙袋をごそごそし始め、紙に包まれた大きなクッキーを取り出した。
「クッキーっす」
とイーハンくんは言う。
「くれるの?」
受け取りながら尋ねるとイーハンくんはそれには答えず、
「遊んできていいすか」
とからだをそわそわさせながら言った。
「君も行く?」
柳下さんもそう言い、すでに亀石へと向かって走っているイーハンくんのあとを追う。わたしは首を振り、日当たりの良いベンチに座って、クッキーの紙袋を開けた。

イーハンくんと柳下さんは亀石を飛んで対岸へ行き、またこちらに戻ってくる途中で中洲に移り、石を拾って投げ始めた。柳下さんの石が三回ほど水面を飛び、嬉しそうに両手を上げているのが見える。
クッキーにはチョコレートチップが入っていて、途中とんびがそれをさらおうとした。驚いて見上げると、雲ひとつない青空が広がっていた。



イーハンくんと別れ、柳下さんとタクシーに乗り宿に向かった。
宿には岩崎くんがいて、挨拶をする。今日は昼からこの3人で鼎談をするので、よろしくお願いします、などと言い合う。

間もなくカメラマンのキムさんが来た。彼に撮られながら、わたしたちはこたつに入ってこの展示の話をする。つまり、宿でわたしが小説を書いているという、この展示について。
ライターとしてのわたしはインタビューをする側なので、こうして話す側になるのはほとんどない。話すことは、すごくエネルギーのいることだった。ここで小説を書いていて考えたこと、わかったことなどを、ふたりに伝わるように、言葉を探しては差し出す。身振り手振りを交えながら。
岩崎くんの目を見て、柳下さんの目を見る。わたしがなにか話をすると、岩崎くんが「うん、うん」と言い、柳下さんがうなずく。それでまた、わたしは安心して言葉を探しにいく。海辺で貝を拾うみたいに。

途中で何度もキムさんのカメラが音をたてて、シャッターが切られた。
わたしはキムさんが写真を撮る姿を見るのが好きだ。まるでチーターが写真を撮っているみたいだと思う。少し猫背で、目が鋭くて、静かで、動きに無駄がない。今日は撮ってもらっていたから、それをあまり見ることができなかった。カメラのレンズがこちらを向くたび、自然と背筋が伸びた。

最後に3人でカメラ目線で写真を撮ってもらったとき、
「それ何て書いてあるんですか?」
と岩崎くんが言った。
キムさんのトレーナーには「PICA」と書かれてある。
「ぴか?」
とわたしたちは口々に聞いた。

「パイカです。Portland Institute for Contemporary Art」
キムさんがそう答えながらカメラを構え、シャッターを切る。

「でも、僕丸坊主なんで、『頭と揃えてんの』って言われるんですよね」
そしてカメラを一旦下げ、かぶっていた帽子をぱっと撮った。わたしたちが笑うと、キムさんは素早くシャッターを切った。わたしは思わず「きれい」と言う。

「3日前に剃ったばっかなんで」
そう言ってキムさんはまた帽子をかぶり、カメラを構えた。