文鳥社の日記

京都の出版レーベル・文鳥社の日記です。

2018/04/16(月)

午前中家で原稿を書き、午後、宿へ行く。

宿でも書いていたら、入り口から視線を感じた。顔をあげると、おそろいで色違いの花柄の上着を着た男性と女性のカップルが立っていた。ひだまりの中に立つふたりは春そのもので、わたしは思わず目を細める。そして鍵をかけっぱなしだったことに気づき、あわてて土間を降りて駆けていく。


鍵を開け中に入ってもらうと、彼は上着の内ポケットから『100年後あなたもわたしもいない日に』を出した。
「これを読んで、とても素敵な本だなと思って」
それで、名古屋から会いに来てくれたのだと言った。わたしは奇跡みたいなその事実に驚いて、お礼を何度も言った。

ふたりは宿のなかをゆっくりとまわった。その後ろ姿はつがいの小鳥みたいで、わたしは彼らの小さな会話を邪魔せぬよう、こたつに入って再び原稿に向かう。すぐそばのスツールには、宿で販売している『100年後……』が静かに積まれてある。名古屋から彼らを連れてきてくれた、わたしたちの本だ。


「この本を見たときに、ふたりっぽい本だねって言って、ふたりで買ったんです」
男性はそう言った。
ふたりはこの夏から同棲を始めるのだという。それで、ふたりで本棚を作るのだと言った。わたしはその本棚を想像してみる。そしてそこに置かれるこの本のことを。

言葉少なだった彼女が控えめに口を開いて
「なんでもないときに開いてみたくなる本だなって、思いました」
と言い、わたしは不意に泣きたくなった。


「祈りのような本」
blackbird booksの吉川さんは、そのようにこの本を表現してくれた。
そうかもしれない、と思う。これはわたしたちの祈りなのかもしれない。
世界は美しいと信じているわたしたちの祈りなのかもしれない。

これから、ふたりで過ごすなんでもないときに、ふと手にとり開いてもらえたらうれしい。
そしてふたりの時間に、この本が何か善いものを残しますように。