文鳥社の日記

京都の出版レーベル・文鳥社の日記です。

2018/04/17(火)

近所で時折、鳩やとんびにえさをあげている女性を見かける。彼女が誰かと一緒にいたり、話しているところを見たことがない。彼女はぱっ、とパンくずのようなものを空に投げる。そこにとんびが風を切って飛んできて、見事にくちばしでキャッチする。わたしはいつもそれに目を見開かされる。彼女は、とんびが回遊する空をじっと見ている。

緑地公園駅の書店、blackbird booksさんで『100年後あなたもわたしもいない日に』の展示が始まった。展示名は、「絵と短歌展『目覚めたらふたりは世界の果てにいる』」という。
今日はその搬入日で、絵を描いているマユミさんと、編集の柳下さん、そして額を作ってくれているミクロコスモスのイーハンくんとチュータくんが来てくれた。わたしはひとり遅れて行った。
柳下さんに「何か手伝えることはない?」と訊くと「しゅわしゅわしたものが飲みたい」と言うので、外の自販機に行って、はちみつレモンジンジャーエールというどの味が軸なのかわからないジュースを買って手渡した。柳下さんは不本意そうな顔をしていた。イーハンくんとチュータくんが、電動ドリルですいすい壁に穴を開け、すいすい本を置く棚を取り付けていく。

展示作品を眺めていると、不意に涙がにじんだ。この短歌は、わたしが日常生活を過ごすなかで詠んだものだ。過ごすのに容易ではない日常生活のなかで、光をつかまえるようなおもいで詠んだ歌。
それが、ひとの手から作られた美しいものに包まれていた。わたしはそれが眩しくて、少しだけ泣いた。

オープンしてすぐに、カワダさんが来てくれた。以前宿に来てくださった方だ。彼女はひとつひとつの作品を、慈しむように見てくれた。

どこまでもひとりであるのは知っているときどきうっかり忘れるだけで

「この絵は、どういう意図でしょうか?」
そう尋ねるカワダさんに、マユミさんが「はい」と少し緊張した面持ちで答える。
「なんと言ったらいいんでしょう……」
じっと考え込んでいるあいだ、わたしはマユミさんの後頭部を見つめる。マユミさんの頭のなかで、言葉が整列していくのが見えた気がした。マユミさんはじっくり考え込んだあと、丁寧に話をしてくれた。

お昼ご飯を食べて帰ってくると、作品の脇に小さな赤丸のシールが貼られていて、カワダさんがふたつ作品を買ってくれたという。わたしはその作品たちが、彼女の日常生活に、少しでもあたたかな光をおとしてくれたらと願う。



昨日、橋で見かけたくだんの女性は、折りたたみ式の携帯電話を宙に持ち上げて、とんびの写真を撮っていた。撮り終わると、彼女は手元をじっとのぞいた。
どんな写真が撮れているのだろう。彼女はそれを、ひとりで見返すのだろうか。

わたしは彼女のそばを自転車で走り過ぎる。