文鳥社の日記

京都の出版レーベル・文鳥社の日記です。

2018/03/11(日)

呉市滞在、二日目。

朝、舞台となる場所について調べるため、呉市の中央図書館へ。
天気がとてもいい。遮光ガラスが日光であたためられて、暖房の効いた館内は汗ばむくらいだった。

ここはわたしが小学校のときから通いつめた場所で、これまでにわたしが吸収した活字の大半はここにある。そこに、自分が活字を産み出すために戻ってくるとは、つい最近まで思ってもみなかった。

閉架書庫にあるという資料のタイトルを紙に書き、司書の方に渡す。
彼女がそれをのぞきこんでいるあいだに、ためしに「朝日町遊郭のことについて調べているんですが」と言ってみた。
編集者はよく「情報は多い方がいい」と言う。司書の方だってそうかもしれない。そう思って言ってみたのだが、その瞬間、マスクをしている彼女の目が少し大きくなったのがわかった。そしてすぐに「ちょっと待っとってくださいね」と言い、奥の方へと消えていった。

戻ってきた彼女は数冊の分厚い本を持っていた。名札を見ると、「加藤」さんというようだ。加藤さんは古い本を静かに置き、一冊一冊、目次を丹念に見だした。すべて、呉の歴史に関する本である。
「文化…の、その他…の、このページかもしれませんね」
「うーん、ないか」
「ごめんなさいね、調べるのあんまり上手うなくて…」
わたしは首を振り、邪魔しないように黙って、じっと彼女の白い指がさす目次を目で追う。

ぱらぱら、とページをめくっていたら、
「あ」
と加藤さんが声を出した。
「あ」
わたしも声を出す。加藤さんの指をさしたところには、朝日町遊郭の写真が二枚載っていた。
その写真は、これまで京都の図書館で手にした文献やインターネット上では見たことのないもので、これまで見たことのない朝日町の風景だった。
「すごい。初めて見ました。この写真」
わたしが言うと、
「他にもあるかもしれません」
加藤さんがマスクの奥でそう言い、目もとで微笑んだ。


図書館の中は暑いほどだ。わたしは腕をまくって、加藤さんから受け取った本のページをめくり続ける。

むかし、閉館するまでよくここにいた。家に帰っても誰もいないから、ここで勉強をして、ここで本を読んだ。

これまでにわたしが吸収した活字の大半はここにある。
わたしはまた、同じことを思う。
そこに、自分が活字を産み出すために戻ってくるとは、つい最近まで思ってもみなかったな。