文鳥社の日記

京都の出版レーベル・文鳥社の日記です。

2018/04/02(月)

宿へ。

敬子さん来る。
敬子さんがビールの小さなグラスを用意するのでなんだろうと思っていると、そこにポッキーをざららと入れて、立てた。敬子さんは、いつもこういったお菓子を持ってきてくれる。それでだろうか、彼女といるとなんだか高校時代の放課後を思い出す。

敬子さんがパリのおみやげにトートバッグをくれた。パリにある本屋さんで買ってきてくれたのだという。黒と白があって、「柳下さんとわけてください」と言ってくれた。
「BOOKって書いてありますね」
「パリの本屋さんで買いましたからね」
「あ。でも下はフランス語だ。読めない」
「うん、パリだから」
「黒も白もかわいいですね」
「形がちがうんですよ」
「あ、ほんとだ、形がちがう」
「マチの入り方がちがっててね」
「あ、マチが横にあるタイプとないタイプなんだ」
「ねえ、土門さん? さっきからわたしが言ったことを繰り返しているだけですよね?」
「あ、ほんとだ」とわたしは笑う。そしたら敬子さんも笑って、
「土門さんは自分で発見しないと納得できないんですね」
と言った。

扉の向こうで気配がして、見たら太田さんが立っていた。
開け方がよくわからないのかもしれない、ガラス越しにこちらを見ているので、つっかけを履いて急いで開けに行く。
「こんにちは」
「こんにちは」
太田さんは「焼き菓子です」と紙袋をくれた。開けるとメレンゲやビスケット。
「すみません、ぬるいですけど」
とお茶を出すと、太田さんが笑った。

太田さんはわたしが10代のときに知り合ったデザイナーさんで、もう10年以上の付き合いになる。
わたしは太田さんのデザインも好きだけれど写真がとても好きで、彼のブログをずっと見ていた。彼がInstagramをやっていることを知って見に行くと、フォロワーがびっくりするくらいの人数がいて、「やっぱりすごいんだ」と思った。
でもだんだん太田さんの投稿が減っていっていて、久しぶりに投稿されたなと思ったら、その写真のひとつにソウル・ライターの言葉が引用されていた。

It is not where it is or what it is that matters but how you see it.

その写真は、車のなかから見た景色。
窓に雨粒、その奥に、雲が途切れた青空。


太田さんと打ち合わせをして、それから敬子さんと3人で話した。
画材屋さんの話になって、
「太田さんは絵を書かないんですか。プライベートで」
と訊く。
すると太田さんは
「油絵を描きたいんだけど、なかなか今は時間とれなくて」
と言った。
敬子さんが「油絵かー」と言う。
「油絵は気軽には始められないですよね」
「そうなんですよね。とりあえずイーゼルは買ったんですけど。小学生の頃、ちょっとやってて」
「小学生で油絵を? すごいですね」
わたしは油絵を描いたことがないので、ふたりのやりとりをそばで聞く。
「油絵は、情念って感じしますよね」
情念。わたしが繰り返すと、敬子さんはうなずいた。
「何度も何度も色を乗せて、情念を重ねる感じ」
太田さんは笑って
「うん、ますます今は描けないな」
と言った。


夜、図書館に本を返しに行く。小説の参考文献はどれも古く、甘い紙のにおいがする。それらを敬子さんにもらったパリのバッグに詰めて出かけた。
夜の岡崎疎水に満開の桜が重たそうにしなだれるのを横目に、自転車で走る。

It is not where it is or what it is that matters but how you see it.

太田さんの油絵も見てみたいなと思う。