文鳥社の日記

京都の出版レーベル・文鳥社の日記です。

2018/04/12(木)

テープ起こしをしている。
わたしにとってインタビューとはとても身体的な行為だなと思う。話の内容が頭に残っていない。残っているのは、とても話したということだけだ。学生のころ無我夢中で友達と話したあとに、疲労感と満足感をもって「いろんなこと話したね」としか言えないように。テープ起こしは、それをまた違う自分が聞き記録していく作業。言葉の質感は懐かしいものだけれど、意味はまるではじめて出会うように新鮮だ。

昼すぎに一週間ぶりに宿へ来た。
暖かく晴れた日なので、入り口のガラス扉を開け放しておいたら、すぐにマガザンに入りたての藤本さんが来られた。鼻炎らしく鼻をしきりにすすっている。
「あれ、髪切りましたか?」
切りました、と答えると藤本さんが
「以前よりもデザイン性が高いですね」
と言った。そうですね、と言って、わたしはなんとなくキッチンに隠れる。


そのあとHOTEL SHEの金井塚さん、そして岩崎くんが来て、来月からの特集についての打ち合わせが始まった。そのときにはわたしはもうここにいない。来月には、違うものが、違うひとが、違う思想が違う言葉が違うにおいがここにある。それでもどこかにわたしの何かが染み付いているのだろう。残していったものが、ここで元気にやってくれたらと思う。金井塚さんは、『100年後あなたもわたしもいない日に』を一冊買ってくれた。

もう最近は電源を入れなくなったこたつでキーボードを打っていたら、桂さんが来てくれた。前職でよく一緒に仕事をしていた方だ。健康診断の帰りでバリウムを飲んできたらしい。それなのに苺大福を持ってきてくれた。桂さんは食べなかった。
桂さんは最近おもしろい本を読んだのだという。花粉症がひどくて途中で読めなくなってしまったのだけど、とてもおもしろかったのだそうだ。
「相対的に見て、宇宙は存在するけれど世界は存在しないらしいですよ」
いわく、世界は文脈のうえでしか存在できないらしい。
「たとえば、この苺大福。ぼくが買ってきたひと、土門さんがもらうひと」
「はい」
「そういう文脈ができて、この(と言って桂さんはこたつの上を指した)世界がはじめて存在する」
わたしはじっと苺大福の箱を見る。苺大福の箱は、保冷剤でしっとりと濡れている。苺大福は、桂さんが帰られたあとに岩崎くんと藤本さんと三人で食べた。

帰る時間になり、リュックを背負って土間に降りると、岩崎くんが
「髪切った?」
と言った。
「後頭部の髪が、なくなってる」
わたしは苦笑する。デザイン性が高いだの、後頭部の髪がなくなっているだの、男性陣のわたしに髪型に対する感想は独創的だ。

扉を開けて外に出ると、まだ日が落ちてなくて明るかった。
昼が伸びていく。すぐ夏が来る。