2018/12/27(木)
冒頭の一文ってとても大事だと思う。文学史上に名を残す人は大抵がつんとくる冒頭文を書いている。川端康成も夏目漱石も太宰治も、そらで言えるくらいのインパクトのある冒頭の一文を残していて、こういうのってどういうふうに出てくるのかな?っていつも思う。
わたしは特に坂口安吾の冒頭の一文が好きで、しかもとくに『青鬼の褌を洗う女』のが好きだ。
「匂いって何だろう?」
それに続く言葉もすごく好きだ。
「私は近頃人の話をきいていても、言葉を鼻で嗅ぐようになった。ああ、そんな匂いかと思う。それだけなのだ。つまり頭でききとめて考えるということがなくなったのだから、匂いというのは、頭がカラッポだということなんだろう」
自分が冒頭で悩んだときは坂口安吾の短編集を手にとって冒頭だけを読み歩く。
力を入れると出てこないから、「匂いって何だろう?」という冒頭にうちのめされて、一回腰砕けになることが必要。
小説を書くのには、すごくエネルギーがいる。
これくらいの時間をかければこれくらい書けるというものでもないから、夜がくるまでどれだけか書けているのかわからない。ああ明日は、もっと書けたらいい。