文鳥社の日記

京都の出版レーベル・文鳥社の日記です。

2019/01/26(土)

急に1日ぽっかり空いたので、映画館へ行こうと思い立った。

上映しているものを調べてみたら、ちょうどいい時間に『サイドマン』という映画をやっているという。その映画については初めて知ったが、どうやらミュージシャンのドキュメンタリのようで、ということは大きな音で音楽が聴けるのだろうと思い、それを観ることにした。

その映画館は近所に最近できたのだが、行こう行こうと思いながらなかなか行けていなかった。クラウドファンディングまでしたのに、リターンでもらった映画チケットもまったく使えないままでいた。子供がいると、休日に映画館に行くというのはなかなか難しい。映画館に併設されたカフェでコーヒーを飲みながら、「わたしは今、贅沢をしているな」と思いそわそわする。しかもここの映画館には本屋さんまであるのだ。そわそわするしかない。欲しい本があったので買おうとしたら、財布のなかにあと500円しかなかったので買えなかった。坂口恭平の『cook』、鷲田清一の『ちぐはぐな身体』を買いたかった。諦めてコーヒーの続きをおとなしく飲む。

酸っぱめのコーヒーを飲みながら、『いつか読書する日』という映画で田中裕子が言っていたせりふを思い出す。「今までしたかったこと、全部して」。田中裕子は非常に色っぽいひとだ。このせりふを言ったときの彼女も非常に色っぽくてどきどきした。カウンターでぼんやりしながら、その言葉を思い出す。それを言われた岸部一徳の表情まで、一緒に。わたしは今、岸部一徳だな、と思った。さながら。

『サイドマン』はブルースマンの映画だ。だからなのか、観客がほとんど50、60代とおぼしき方々ばかりだった。見るからに、わたしがいちばん若い。
一個席を空けて左隣に座ったおばさまが突然、飴とキットカットをくれた。
びっくりして顔をあげると、うふふと笑う。
「ありがとうございます」
そう言うと、おばさまは「いいのよ、ごめんね」となぜか謝って、こまごまとお菓子の入ったジップロックのふたを閉めた。

映画が始まり、音楽が大きな音で流れ出す。気持ちよくなり、わたしは大きく深呼吸する。
ピアノ、ギター、ドラム。
それぞれの楽器を何十年も引き続けた老人たち。
「この才能をくれた神様に感謝している」
という言葉に、涙が出そうになった。

映画館を出ると雪が降っていたらしく、道路が濡れて街路樹の葉っぱに白い雪が積もっていた。
歩いている自分の揺れに、からだに「映画」が染み込んでしっとりと潤っているのを感じた。

音楽、友情、人生。

今日の夕飯は何にしよう。夜にはビールを飲もう。そう考えながら商店街を歩く。

人生はきっと、いいものだ。そう望むなら。