文鳥社の日記

京都の出版レーベル・文鳥社の日記です。

2018/05/31(木)

次男が熱を出し、小児科へ。待合室にて『鈴木いづみ 1949-1986』を読む。鈴木いづみは'60年代後半から’70年代にかけて活動した作家だ。もともとはモデルをしたり、女優もしていたりしていたらしい。大学時代、図書館に彼女の全集があった。茶色とかえんじ色とか深緑色とか黒色とか、暗い色調の全集が静かにひしめく中に、ピンク色の背表紙が目立っていた。わたしはそれを手にとり、いくつか彼女の随筆と短編を読んだ。のちに、彼女がアルトサックス奏者の阿部薫の妻だと知る。そして、彼との間に儲けた娘の前で、ストッキングで首つりをしたのだということも。

「彼女は勇敢だった。誰よりも勇敢だった。全身の神経が外界に露出しきっていて、それが純粋に“愛情”というテーマに収束していく、そんな感じだった」
田口トモロヲ「僕の“鈴木いづみさんのこと” 『鈴木いづみ 1949-1986』文遊社)

様々な人が彼女のことを語る。うとましそうに、懐かしそうに、痛ましそうに。
もしわたしが死んだら、どのように語られるのだろうなと思った。でもそれをわたしは決して読むことがない。それまでわたしが、いろいろな人のことを語りつづけるだけだと思う。できたら、生きているうちに、読ませてあげたいな。

次男は鼻水が出てむずがゆいのだろう。ぐずぐずと一日中わたしにまとまわりついていた。膝の上に乗せて原稿を書いた。4人目の女は、枚数だけでいうと誰よりも長くなっている。A4で10枚くらい多い。必要であればあとで刈り込めばいい。今は書くのみ。

さて、わたしの手元には同じ出版社から出た『阿部薫 1949-1978』という本がある。彼のプロフィールには、「鈴木いづみと結婚」という文字はない。
鈴木いづみのほうには「阿部薫と結婚」という文字があるのに。ほとんどの人が、鈴木いづみを語る際に「阿部薫」を出す。小柄で、童顔で、物静かで、「アルトになりたい」と言った男のことを。